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荷車を引く音が聞こえる。まどろみが破られて、ボクはうっすらと目を開けた。
そうだ、一緒にこの部屋で寝泊りしたんだっけ……。
昨日の記憶が蘇ると、ぼんやりと部屋を見渡した。ライの姿はない。ドロシーは毛布に包まったまま、すやすやと眠っていた。床に置いたままの鞄からは、熟睡しているらしいブックの寝息が洩れていた。起そうかとも思ったが、やめた。
ボクは毛布を引きはがし、ベッドから起き上がった。部屋の冷気がさして、厚地の黒いローブを着ていても少し震えた。コートを肩に羽織り、そっと鞄を持って部屋を出た。
両手に息を吹きかけながら階段を下りていくと、暖炉の前でライが足を組んで座っているのが見えた。顎髭をさすりながら考え込んでいる。その険しい表情が火の明かりで窺えた。何か張りつめた、でもどこか寂しげなようで、ボクはこれ以上近寄ることも声をかけることも躊躇った。
「ザヴィアー、か」
びくりと、全身に鳥肌が立った。
「そんな所に立ってたら寒いだろ。こっちに来て温まったらどうだ」
ライが片手を上げ、手招きした。とたんに、体が軽くなったような気がした。その言葉に甘えて、隣に座ることにした。
「よく休めたか?」
「……ええ。十分に休息はとれましたから、大丈夫です」
ボクは心配はかけまいと、笑みをつくった。コートを体に巻きつけ、少し火の傍に寄る。
「ライさんはどうなんですか? ずいぶん早くに起きたみたいですけど」
「いやぁ。俺はベッドで横になると、目がぱっと覚める。地面の硬さが恋しくなってしまってね。慣れ、だな」
ライは無骨の顎に笑みを浮かべる。それからボクたちはしばらく話をした。暖炉の中で泥炭の火が勢いよく燃え、冷え冷えとした空気に暖かさが広がった。
「……そういえば、さっきここの主人から聞いたんだが」
両手をかざしているところに、おもむろにライが話しかけた。
「鉄道が運行停止になったそうだ。なんでも指名手配中の男が乗車していたとかで、捜査のためしばらく見合わせることになったらしい」
「そう、ですか。1週間前までは普通に動いていましたのに。……ここから“賢者の都”まで、歩いたらどれくらいかかりますか?」
「“塩の道”っていう交易路がある。途中に南方面への別れ道があるが、真っ直ぐ歩けば迷うこともないだろう。そうだな、20日くらいで着くかな」
道のりに村や小さな町はあるが、それでも保存食は買っておいた方がいいだろう、と教えてくれた。
「でも、気をつけたほうがいい。東は今でもレジスタンスと大教会とで火種がくすぶっている。いつ、何が起こってもおかしくない状態だ。3ヶ月前に大教会の巫女が行方不明になってから、ますます検問も厳しくなっている」
東の果て“聖都”で起きたその事件なら、記録館にいた時にちらっと聞いたことがあった。大教会の本拠地で起こったとなると、おおごとだ。それにしても、最近の話題にレジスタンスのことが目立ってきたような気がする。ボクはますます館長の身が心配になってきた。
――真実を見つけなければならないのだ。
そう言って旅立った館長。
――時間がない。『真実の書』を集めなければ……。
不可解な手紙を送ってきた館長。
貴方は今、何処にいるのですか? 求めて得ようとしている『真実』のために、誰かに狙われているのですね?
ボクは何処かにいるであろう恩師に一方的に語りながら、暖炉の炎をじっと見た。不安は拭えず、増すばかりだった。
「昨日言っていた探し人のことを案じているのか?」
ボクはぎこちなく頷いた。
「無事だと願いたいんです。けれど」
「こんなご時世でも、望みを棄てたらそれまでになってしまうぞ。諦めるにはまだ早すぎる」
そう言って、彼はボクの頭に手を置いた。それはすべてを包み込んでくれるような、とても大きく温かな手だった。
「見つかるといいな、お前の先生」
頭を撫でてくれる彼を、目を細めて見上げた。
「俺たちは荷馬車の修理で、しばらくフリージアに留まっているから何かあったら相談に来な。困ったときはお互い様って言うだろ、少年」
「もう成人です」
子ども扱いされたのが悔しく、ついむっと言い返してしまった。彼は笑いながら、ボクの背中を押すように叩いた。痛いのに何故だろう。嬉しかった。