第04話『突然の手紙』

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『真実の書』を集めなければ・・・・・・あの文章が頭の中でずっと繰り返されていた。
 館長は何かを知らせたかったに違いない。けれど、それと同時に逃れられない、そんな奇妙な圧迫感が全身に伝わった。

予感が当たったのは夕食後のことだった。
 副館長室前の廊下で思いもよらず、館長の名前が耳に飛び込んできた。ボクは悪いことだと思いつつも、ドアに近づいた。
「最近各地で起こった事件となんらかの関連がある、バッツの考えは当たりに近いようですね」
「あいつはただの愚者(ぐしゃ)よ、ウィリアム。それにしても、かわいいミスティには手紙を出すのね、あの男は・・・・・・ミスティ、報告書を続けて」
 メディア副館長が舌打ちした後、そう促した。
「あ、はい。今朝届いた手紙によりますと、館長は例の件に関して、かなり詳しい情報をつかんでいたそうです。・・・ですが3ヶ月前、東へ向かった目撃情報を最後に、消息を・・・絶ってしまいました。他の外の人たちからも同じような報告が届いています」
 頭が真っ暗になった。ミスティ司書官が言った言葉を理解していくについれて、手が震えた。落ち着け落ち着くんだ、と自分に言い聞かせても、動揺は簡単には収まらなかった。それでもどんな些細な会話も聞き逃すまいと、耳をすませた。
 いきなりドアが開かれ、司書官の深緑のローブを着た背の高い浅黒い男が立っていた。よりにもよってラウル司書官だ。
「そこで何をしている」
 彼はカンカンに怒った顔で、その場でボクの手首をねじり上げた。その拍子にブックを落としてしまった。
「いて」
 ブックが悲鳴をあげたが、彼は目を背けることもなくボクを睨みつけていた。ボクは腕の痛みに顔をしかめた。
「盗み聞きとは・・・行儀の悪い学者だ」
「ラウル、やめてちょうだい。あなたは気が短すぎるわ」
 ミスティ司書官が間に入ってくれたおかげで、ボクの手は解放された。支えをなくし、そのままへたりこんだ。
「部屋に戻れ」
 ボクはゆっくりとブックを拾い上げて、立ち上がった。司書官たちとは目を合わせることができないまま部屋へ向かった。

ポケットから手紙と一緒に届いた銀の鍵を取り出した。ぼんやりと、霜におおわれた窓ガラスの向こうを眺めていると、緩やかな傾斜から積み重なってできた、この町独特の屋根の集合体が見えた。
 ここは“風の山頂”の断崖を削って、下から上へと段々と築き上げた町だそうで、ものすごく複雑な立体構造になっていた。
 生まれ育った村では信じられないほどのたくさんの階段に、初めは目が回ったものだ。下からでも記録館が見えているのに、何度も階段を上がっては、違う階段で下がり、小路を通り抜けないとたどり着くことができないようになっている。当時まだ子供だったボクは、息が絶え絶えになりながらも、館長の後をついて行くのに必死だった。道なんて覚えている余裕はなかった。そのときのことを思い出した。

ボクは小さく息を漏らした。強い風が吹き、それを遮る窓ガラスが音を立てて震えた。何時になっても、外は灰色で埋め尽くされている。
「真実・・・か」
 再び鍵をポケットの中に戻すと、腕に顔を埋めた。眼鏡のレンズが当たったが気にしなかった。
 世界が凍りついた原因を突き止めようと、研究した人たちは過去にいた。しかし、結局わからぬまま一生を終えたり、遭難してしまい未だに行方不明の人もいる。はっきりとしないまま、今でも学者たちの間と教会で論争している。
 館長は言語学者であったが、雹についても研究をしていた。そして、真実を見つけに行く言って旅立った。ひょっとしたら、館長も彼らと同じ末路を辿ってしまうのではないだろうか。
「ボクは、どうしたらいいのだろう」
「したいことしたらいいじゃないか」
 簡単そうにブックは言うが、そうでもない。したいこと・・・それがわかったらどんなにいいだろう。ずっとここで待っていればいいのか。そうすればいつもと変わらない生活を送れる。けれど、それでは解決にならない。なにより自分が納得いかない。
「ソフィーの遺志を継ぐのであれば・・・」
 あの時の吟遊詩人の言葉が頭に蘇る。
「これから凍結の世界を知ることになるでしょう。たとえ、風が壁となり刃となっても、星たちはあなたを支えてくれるでしょう」
 もしかしたら、あの吟遊詩人は何かを知っていたのかもしれない。するとその人の声が聞こえたような気がした。
「未来が見えるわけではない。でも、あなたはどうしたい」
「わかりません」
 ひとり呟いた。また吟遊詩人が言う。
「閉じた箱は何も逃がさない。けれど、何も入ってこない・・・・・・」
「ああもう、じれったい・・・ふえ・・・」
 ブックのくしゃみが響き、ボクは現実に引き戻された。痺れを切らしたようにブックは一気に言い放った。
「ぶつぶつ言って、萎れたジャガイモみたいな顔をするなよ。こっちまで暗くなるだろ。ジイさんのことが心配なら探しに行けばいいじゃないか。細かいことは気にすんな。じゃないと禿げるぞ。」
 探しに行く。そうだ。ここにいる限りボクが望む答えは手に入らない。
「行きますよ、ブックさん」
「どこへ」
 考えが変わらないうちに身の回りを片付け始めた。

次の日まだ誰も起きていない頃、ボクとブックは暗い教室の中にいた。8年間、ここで過ごしてきた。自分の席に座り、前方の黒板をじっと見ていた。
 そして、昨日メディア副館長から言われたことを思い出していた。
「1度しか言わないから頭に叩き込んでしまいなさい。その本は『真実』を滅する者からも、『真実』を欲する者からも狙われている。ボウヤが『真実の書』の継承者である以上、責任を取らなくてはならない日がやってくる。もっともどうするかはボウヤ自身だけど」
 それでもボクは館長を探しにいく。そう決めた。
「もういいだろ」
「・・・・・・そうですね」
「名残惜しい・・・ってやつか」
 もしそうだとしたら、変な話だ。故郷よりここの方がそう思ってしまうのだ。いつまでもこうしてはいられない。誰にも会わないうちに出発した。
 1度だけ振り返ると、ゆっくりと再び前を向いた。


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2004/10/31  黄伊魔