雹が風とともに激しく建物全体を叩きつけた。
この日もボクは、朝からずっと宿舎の自室でサカサ語の解読作業をしていた。机の周りは、その関連の書物であちこちに置きっぱなしのままだ。ほんのわずかの明かりと暖かさをもつロウソクだけが、唯一の頼りだった。
かじかんできた指に吐息をかけて、少しでも感覚を取り戻ろうとするが、白く湿った温もりが与えてくれるのは、ほんの一瞬にすぎなかった。
やがて、記録館の鐘のお昼を告げる音が聞こえてきた。予定よりやや遅れたが、期限までには間に合いそうだ。ボロボロになった羽根ペンを置くと、少し肩の力を抜いた。
ここは、ありとあらゆる知識が文字で記録されている館だ。人々の間では、記録館と呼ばれている。規模は小さいが、知名度の高い王立学院よりも歴史は長く、貴重な書物も数多く保管されていた。ただ、“風の山頂”に立てられているため、滅多に訪れる人はいない。現在ここで暮らしているのは、ボクを含めた学者10名と司書官3名。そして、館長と副館長の15名だけだった。
ボクはいずれ司書官になるつもりでいるが、なんとか周りに追いつくのが精一杯だった。
今はその課程にいくための試験結果待ちだが、のんびりはしていられない。
そんな毎日でも、ボクにとってここは居場所だった。
眼鏡を外して目頭を押さえたそのとき、ノック音が聞こえた。
やってきたのはボクより2年上の先輩だった。それほど仲良くしていたわけではないが、司書官試験対策に少々アドバイスをもらったことがあった。
「館長が大事な話があるから、いますぐ館長室へ来るように」
ボクに? 一体なんだろう。わざわざ知らせに来てくれた先輩にお礼を言ってから、館長室へ向かった。
それにしても、館長はボクになんの用だろうか。長い廊下を早歩きで歩きながら、呼び出しの理由を思いつくだけ考えていた。
この前の試験の結果が悪かったから、今から追試なのだろうか。
いや、まてよ。もしかしたら、許可なく夜間に書庫室に忍びこんだことが、知られてしまったのかもしれない。
ダメだ。どうしても悪い方にしか、思いつかない。せめて退学だけは免れてほしい。信者ではないが、祈った。
やがて、アーチ型の扉が見えてきた。いつ見ても圧迫されてしまう。両側の白亜(はくあ)の柱には、ここの知識を象徴するカラスの彫刻が描かれていた。
金箔が剥げてた鉛色のプレートには、『館長室』と深く刻まれていた。躊躇しながらもボクはノックした。
「・・・・・・ザヴィアーです」
「入りなさい」
ボクが扉をあけた瞬間に体中が震えた。部屋中が冷気で支配されているのだ。何度か館長室に呼ばれたことがあったが、いつもは温かく過ごしやすい所だったのに。それに、全体が薄暗いのも気がかりだ。
中に入って周りを見渡してみると、暖炉に火の気が少しもないのに気がついたが、それだけではない。いつも書類だらけの机には、1冊の本と燭台のみ置かれているだけだった。
ボクは、これはただごとではないことを感じ取った。
後ろで扉がぴったりと閉まった。